あのころ、会社に行きたくない朝が何度もあった。

布団の中で、スマホのアラームを止めた瞬間から、なんとなく胃が重い。
今日は何時に出れば間に合うか、頭の中で勝手に計算が始まる。
でも体は、ベッドから1ミリも動かない。

アラームを5回押す日

スヌーズを5回くらい押したことがある。
1回押すごとに「あと5分」が積み重なって、結果的に起きる時間が遅くなって、結局焦って準備する。

なんでこんな非効率なことを繰り返すんだろう、と当時は不思議だった。
今ならわかる。
あれは「行きたくない」という気持ちが、寝坊という形で出ていただけだった。

体が「行きたくない」と言っているのに、頭が「行かなきゃ」で押し切る。
その綱引きが、毎朝、布団の中で行われていた。

カンナ
カンナ
スヌーズしてまた寝るときって、大抵起きて支度してる夢見るの、わたしだけ?

「みんなそうだから」で済ませていた

会社に行きたくない、なんて誰でも思うこと。社会人なら当たり前。みんな同じ。

そう思って、自分の「行きたくない」をずっと無視していた。

でも、振り返ると「行きたくない」にも段階があった。
「めんどくさいな」くらいの行きたくないと、「今日だけは本当に無理」の行きたくないは、別物だった。

前者は、誰にでもある。後者は、たぶんサインだった。

わたしの場合、後者の日が増えていった。
最初は週に1回。それが週に3回になって、ほぼ毎日になった。
「みんなそうだから」で済ませていたけど、実際は全然違う段階に入っていた。

無理に起きなくていい

「行きたくない」が強い日、無理に起きなくていい。

体調不良で休むのと、気持ちが限界で休むのは、本質的には同じはずだ。
風邪で熱があるとき、無理して出社する人は少ない。
でも気持ちが限界のときは、なぜか「気合で行くべき」みたいな空気になる。

熱がなくても、しんどいときはしんどい。

わたしも、当時もっと早く「今日は無理」と言えていたら、もう少し楽だったはずだ。
言えなかった結果、限界まで溜め込んで、最終的に「留学する」という大きな決断でしか抜け出せなくなった。

カンナ
カンナ
熱があるかないかで「休んでいい」が決まるの、なんなんでしょう。

小さく休む練習

理想は、限界になる前に小さく休む練習をすること。

有給を1日取る。半休にする。今日だけは早く帰る。
そういう小さな「休む」の積み重ねが、実は一番効果がある。

わたしはそれが下手だった。
休むことに罪悪感があって、結局、最後は「留学」という大きな手段でしか自分を休ませることができなかった。
今思えば、もっと早く、もっと小さく休む練習をしておけばよかった。

会社に行きたくない朝が増えてきたら、それは小さく休む練習を始めるタイミングなのかもしれない。

行きたくない朝は、悪者じゃない

会社に行きたくない朝は、悪いことじゃない。

その気持ちを「だらけてる」とか「甘えてる」と決めつける前に、ちょっとだけ立ち止まってみてほしい。
その「行きたくない」が、何を伝えようとしているのか。

無理に起きなくていい日があっても、人生は案外、続いていく。

カンナ
カンナ
布団から出られない朝の自分も、受け入れてあげてほしい。