逃げるために留学した、とはっきり言える。

仕事が嫌になって、職場の空気が重くて、毎朝起きるのがしんどくて。
そこから逃げ出したくて、留学という言葉を使った。
崇高な目的なんてなかった。
「韓国語を本気で学びたい」というのも、嘘ではないけど、それが一番じゃなかった。

でも今になって思う。逃げで何が悪かったんだろう、と。

「逃げ」って、そんなに悪いことだっけ

逃げる、という言葉はなぜかずっとネガティブに使われる。
根性がない。甘えてる。続けることが美徳。

でもよく考えると、逃げるって、生き物として正しい反応だと思う。
熱いものに触れたら手を引っ込める。
危険を感じたら距離を置く。
それの何がいけないのか。

人間だけがなぜか「逃げてはいけない」と思い込んでいる。
しかもそれを、自分で自分に言い聞かせている。

わたしもそうだった。
「逃げるのは負けだ」「もう少し頑張れば変わるかもしれない」と、ずっと自分を説得し続けていた。
その間にじわじわ削られていたのに。

カンナ
カンナ
「まだできる」「まだ頑張れる」って何回自分に言ったかわからない。あの言葉、自分を守ってるようで、本当はじわじわ心を削っていくんだよね、碇シンジくん。

逃げた先で、はじめて見えたものがある

韓国に渡って、コシウォンという極狭の部屋に荷物を詰め込んで、最初の夜に思ったのは「あ、静かだ」ということだった。

べつに何も解決していない。
仕事を辞めたお金の不安はあるし、語学の勉強がうまくいくかもわからない。
でも、あの職場の空気から物理的に離れただけで、呼吸が少し楽になった。

逃げるって、問題を消すことじゃない。
問題から距離を置いて、自分を取り戻すことだと思う。
渦中にいると見えないことが、少し離れると見えてくる。

わたしの場合、「あの仕事が嫌だったんじゃなくて、あの環境が合わなかっただけだ」と気づいたのは、韓国に来てしばらく経ってからだった。
渦の中にいたら、たぶんずっとわからなかった。

カンナ
カンナ
壁の中での生活が、この世のすべてだと思うもんね?エレン。

逃げた人間が、10年後も普通に生きている

留学から帰って、地元のメーカーに転職して、もう10年以上経つ。

特別なことは何もない。
地方でのんびり働いて、休日は好きなことをして、それなりに機嫌よく生きている。
留学で人生が劇的に変わった、とはあまり思っていない。
でも、あのとき逃げなかったら今の自分はなかった、とははっきり思う。

逃げた結果がこれだ。わりと悪くない。

カンナ
カンナ
10年後のわたしが「逃げてよかった」って笑って言えてるんだから、逃げって案外悪くないんだと思う。

逃げた経験は、誰かの背中を押すこともある

最近、職場で後輩と話していて、ふと気づいたことがある。

その子は、ずっと「本当はやってみたいことがあるけど」と言いながら、なかなか動けないタイプだった。
わたしの韓国留学の話をしたとき、後輩は静かに聞いていた。

それからしばらくして、その子は思い切って海外に飛び出した。

再会したとき、その子は前よりずっと活き活きしていた。
逃げた先で、自分の世界が広がったのが伝わってきた。

あのとき逃げたのは、結局自分のためだった。
でもその経験が、こんな形で誰かの選択に繋がることもある。
逃げることって、思っているよりずっと、悪くないのかもしれない。

カンナ
カンナ
「逃げる」というか、別のルートを選択するとか、そんな感じよね。ルート変更。

「しおり」を挟む、くらいの感覚でいい

留学って、人生を変えるためだけにするものじゃないと思っている。

本を読んでいて、いったん閉じたくなることがある。
疲れたから、気持ちの整理がしたいから、続きは明日でいいから。
そのときにしおりを挟む。それだけのことだ。

留学もそんな感じでいいと思う。
今の場所から少し離れて、自分のペースを取り戻して、また戻りたければ戻ればいい。
逃げ切らなくていい。ちょっと立ち止まるだけでいい。

逃げることを、もう少し軽く考えていい。わたしはそう思っている。

カンナ
カンナ
逃げ切らなくていい。しおりを挟んで休憩したら、また戻って読み続けられるから。