職場に、10歳近く年下の後輩がいた。

真面目で、前向きに仕事をする子だった。
でもあるときから、なんとなく「無理してるな」というのが伝わってくるようになった。
表情が暗いとか、そういうわけじゃない。ただ、なんとなく。

それから、ふたりで話す機会が増えた。

自分の話をした

ある日、流れで自分の過去の話をした。

前の会社がつらくて、毎日辞めたくて。でも辞められなかったこと。
「留学する」と言って円満退職したこと。
コシウォンで貧乏しながら過ごした、あの1年間のこと。

特別なアドバイスをしたわけじゃない。ただ、自分の経験をそのまま話した。

後輩はずっと黙って聞いていて、最後にぽつりと言った。

「わたし、ロンドンに住んでみたいって思ってたんですよねー。思い出しました。」

カンナ
カンナ
後輩は、旅行でロンドンに行ったときに、ここなら住めると感じたらしい。

後輩がロンドンへ行った

それから数ヶ月後、後輩はワーキングホリデーでロンドンへ旅立った。

「人生一度きりだから」と、笑顔で言っていた。

正直、自分が背中を押したのかどうかはわからない。
でも、その子の中にあった「やってみたい」という気持ちに、ちょっとだけ火がついたのは見ていてわかった。

冬のロンドンで再会した

上司から有給消化をせかされ、長期休暇を取得することに。
後輩に連絡してみたところ、会ってくれるとのことだったので、行き先をヨーロッパに決定。

冬のロンドンは、想像以上に寒くて、想像以上に暗かった。
朝9時なのに空が夜明け前みたいな色をしていて、夕方4時にはもう真っ暗になる。
なのになぜか、嫌いじゃなかった。

現地で、後輩と再会した。

観光地を案内してもらい、カフェでスコーンを食べて、パブで飲んだ。
後輩はロンドンでの生活を話してくれた。
最初は不安だったこと、慣れてきたこと、いろんな国の人と話す毎日が面白いこと。

日常の話をしてくれる彼女は、日本で一緒に働いていたときよりも、ずっと活き活きしていた。


V&Aのお洒落カフェで「フカキョンが塾講師だったドラマ、あの3人の男性の中なら誰がタイプか」で大盛りあがり。

ハイドパークをぐるぐるお散歩。空がとっても「イギリス」っぽくて最高だった。

世界の見え方が変わった顔

表現が難しいんだけど、なんというか、世界の見え方が変わったような顔をしていた。

一緒に働いていたときの後輩は、たぶん「今いる場所が、世界のすべて」みたいな感覚の中にいたんだと思う。
それは悪いことじゃない。多くの人がそうだし、わたしもかつてそうだった。

でも、ロンドンで会った後輩は違った。

「ここじゃない場所がある」「ここじゃない生き方がある」ということを、頭ではなく、肌で知っているような顔をしていた。

別れ際、後輩がこう言っていた。

「ロンドンに来て、新しい自分を知れた気がします」

その言葉が、ずっと頭に残っている。
新しい場所に行くって、新しい景色を見るだけじゃなくて、自分の中の知らなかった部分に気づくことでもあるんだな、と思った。

「この子の人生に、ちゃんと息抜きがあってよかった」
「あのまま、何も変わらずに終わっていなくてよかった」

そう思ったら、なんだか泣きそうになった。

カンナ
カンナ
「カフェで買うコーヒーより、スーパーで買うフルーツの方が安いんで、最近はフルーツから水分摂取してます」って自慢げに言ってた。確かに新しい自分だね。健康的なのかは不明だけど。

あのとき逃げたことが、こんな形で繋がった

帰りの飛行機で、ふと思った。

あのとき韓国に行かなかったら、後輩にあの話はできなかった。
あの話ができなかったら、後輩はロンドンに来なかったかもしれない。
そしてわたしは、冬のロンドンでこんな時間を過ごすこともなかった。

逃げるように韓国に行ったことが、10年後にこんな形で繋がるとは思っていなかった。

人生って、本当にやってみないとわからない。

だから、このサイトを書いている

今いる場所、今見えている景色が「世界のすべて」だと思い込んでしまうこと。

それがどれだけ、人の選択肢を狭めてしまうか。
後輩との再会で、それを実感した。

習慣も、文化も、価値観も違う場所に、ほんの少し身を置くだけでいい。
それだけで、「自分はどう生きるかを選べるんだ」と、不思議とすんなり思えるようになる。

このブログで伝えたいのは、それだけだ。

留学が人生を劇的に変える、という話じゃない。
人生という本に、ちょっとしおりを挟んでみる。
それだけで、見える景色が変わることもある。

そのことを、誰かに伝えたかった。

カンナ
カンナ
人生という本に、ちょっとしおりを挟むイメージで。休憩したっていいじゃない。